ながしながされ

ナガ氏が、釣り、自転車、料理、アウトドアグッズなどを紹介したりしなかったり

夏休みの宿題

今週のお題「自由研究」

アラフィフのわたしが小学生というと今から40年くらい前の話になるわけだけど、その当時、自分が苦労したからそう思うだけかもしれないけど、昔のほうが夏休みの宿題って多かったような気がするけど、気のせいかな?

・「自由」って言うほど自由にやらせてもらえない『自由研究』

・そんなに感想がないのであらすじを書いて文字数を稼ぐ『読書感想文』

・「友」というより「強敵」と書いて「とも」と読む方の『夏休みの友

・おかしの空き箱が使われがちな『工作』

・ドリルって英語で「演習」っていう意味があることを今知った『算数ドリル・漢字ドリル』

・意味も分からず「清き一票」とか書かされていた『選挙ポスター』

多分これくらいはあった気がする。
もしかしたらわたしの育ったところが田舎だったからこんなにあったのか?
まぁとにかく、計画的にできない子だったわたしは、ちびまるこちゃんやカツオのごとく、夏休みも終盤に差し迫ったころにあせったわけである。

その当時の自由研究というとテーマは何であれ、とにかく模造紙にマジックで書いたものを提出していたように思う。
模造紙にマジックで書くという失敗の許されない行為にはなかなか緊張感があったような気がする。
(※失敗したら紙を貼ったり、修正液とか使ったりして、修正すればいいだけなんだけどね。)
そして、それを夏休み明けにクラスメイトの前で発表するのだけど、それはそれでまた別の緊張感があったような気がする。

おそらく、というか娘が夏休みに模造紙を広げてなにか書いていた記憶は無いので、今どきの自由研究は模造紙に書いてクラスメイトの前で発表するようなことはしないのではと思う。
パソコンのできる子はパワポとかで研究の結果をまとめているのかもしれない。
となると、メール添付やUSBメモリとかで提出する子もいるのかな。
なんかちょっと味気ない。
パワポなんて大人になればイヤでもプレゼン資料とか作らされるのだから、ガキのうちから触らんでもと思わなくはない。
というか、模造紙みたいなデカい紙にマジックで文字を書くという経験って大人になったらなかなかやる機会もないので、やっておくべきだと思うね。
きっと将来なんの役にも立たないだろうけど、そんな無駄なことも経験しておいた方が、50歳くらいになったときにブログネタのひとつくらいにはなるだろう。

昨年に続いて2回目のコロナ禍での夏休み。
不自由な中での自由研究って今どきの小学生も大変なんだろうな。
と、なんかうまいこと言った風な感じ、というか同じようなこと書く人他にもいるんだろうなと思いつつ、今回の今週のお題については終わりたい。

 

 

 上でドリルが英語で「演習」という意味があることを知らなかったと書いたけど、模造紙が「四六判(しろくばん)」というAとかBとかで表されるサイズではないことも知らなかった。